Apple AirPods に代表される、人気の Bluetooth 通信による左右分離型の無線式「完全ワイヤレスイヤホン」、英語では "True Wirelesss Stereo(TWS) headphones" などと呼ばれますが、主に日本の家電量販店で使われる用語として「フルワイヤレス」という呼び方(業界用語)があります。
しかしこの「フルワイヤレス」という用語、「フル」すなわち英語の "full" の意味からすると、かなり意味不明な日本語です。
追記:
英語圏では "full" の副詞形の "fully" を使った "fully wireless" という呼び方がありますが、"fully" の起源はかなり古く現在の "full" とは分けて捉えられているのかもしれません。
「フルワイヤレス」という謎用語の起源
世界初の完全ワイヤレスイヤホンは2015年のCESに登場
「完全ワイヤレス(TWS)イヤホン」というカテゴリーの製品自体は、2015年1月に開催された世界最大のエレクトロニクスショーの一つ「CES 2015」で Bragi 社が発表した「The Dash」という機種が世界初で、製品としては2015年末に発売されています。
ただ、当時は海外でもそのカテゴリーの一般的な呼び方が一定ではありませんでしたが、2016年9月に Apple が初代 AirPods を発表 した頃から "Truly Wireless Stereo" あるいは "True Wireless Stereo"、略称 "TWS" という呼び方が徐々に一般的になってきました。
日本でも当初、「左右独立型ワイヤレス」「左右分離型ワイヤレス」など呼び方が定まっていませんでしたが、やはり海外で "TWS" という用語が定着し始めたのに同調するように「完全ワイヤレス」イヤホンや「TWS」イヤホンという呼び方が定着してきた様子が、Google トレンドなどからも見て取れます。
こうして、オーディオ専門店やオーディオ関連メディアでは、ほぼ「完全ワイヤレスイヤホン」「トゥルーワイヤレスイヤホン」「TWS」という呼び方が定着していきましたが、家電量販店だけは違いました。
おそらく、意味よりもバズワードとしての「語感」のよさを重視しての選択ではないかと推測されますが、「ビックカメラ」が2018年4月に大々的に「フルワイヤレス」という用語を使い始める宣言をし、その少し前から他の競合する大手家電量販店でも少しづつ浸透していたこともあって、いつの間にか謎用語の宝庫「家電業界用語」の一つになっていました(笑)
このニュースリリース記事の中では、
ビックカメラは、ラゾーナ川崎店と名古屋JRゲートタワー店の2店舗において、完全ワイヤレスイヤホンの案内カウンターを4月28日(土)に設置することを発表した。なおビックカメラでは、左右分離型の完全ワイヤレスイヤホンについて「フルワイヤレス」という呼称を推進していくという。
と紹介されるように、オーディオ専門メディアでは「へーそうなんだ」(棒読み)という感覚で、オーディオ専門店や趣味のオーディオ界隈でもほぼ同様の反応でしょう。
先の Google トレンドのグラフからもわかるように「フルワイヤレス」という呼び方は、家電量販店とSEOアフィリエイトメディアや一部のSEOガジェットブロガーがSEO用に使うくらいで、市民権を得る呼び方には至っていないので、街中では家電量販店くらいでしかほとんど見かけません。
では、「フルワイヤレス」という呼び方がどうおかしいのかを見ていきましょう。
「ない (-less)」ことが「(full-) 満たされている」?
「ワイヤレス(wireless)」は "wire(ワイヤー)" に "-less(〜がない)" がついた、「ワイヤーがない」という意味でどこでも通じる言葉ですが、それに「フル(full)」がつくと一体どういう意味になるでしょうか?
英和辞典でも英英辞典でも、"full" は「満たす」とか「いっぱい」といった、満たされるという意味での「完全」という意味は表しますが、日本語で「完全にない」という場合の「完全に(completely, truly)」の意味は表しません。
そもそもが、"-less" に対して "-ful", "full-" は逆の意味の接尾/接頭辞にもなる言葉なので、"full-○○-less" としてしまうと 「〇〇がない」ことが「満たされている」という自己矛盾したような意味になってしまいます。
イヤホン以外での「フルワイヤレス」の用法
ちなみにイヤホン以外では、「フルワイヤレス」という呼び方はそれ以前から存在していました。それは、主に家庭や事業所内でWi-FiによるLAN接続や無線式マウスやキーボードなどにより、PC環境/オフィス環境などのワイヤレス化を図ることで、電源以外のケーブルを極力廃する「フルワイヤレス環境」というような使い方です。
この場合は「ワイヤレス通信対応製品」で(自宅やオフィスを)「満たす」という用法なので、イヤホンの場合とは「フル (full-)」が係る先が異なり、意味としてはそれほど大きな矛盾はありません。
カタカナ語化された外国語の本来の意味は、英和辞典/和英辞典の記述だけでは読み誤る
「フルワイヤレスイヤホン」はおそらく、 "True Wireless Stereo" → 「完全ワイヤレス」→「完全」は「フル」だから「フルワイヤレス」でいいだろう、と一度「完全」という日本語訳が入ったことで、それを再度英語化(カタカナ語化)しようとした際の「日本人あるある」な翻訳エラーではないかと推測されます。
ただ、これと同じようなことは日常的にあらゆるところで起きています。例えば、ビジネスの場面などでカタカナ語化されたビジネス用語がよくわからない、日本語で言ってほしい、という意見がしばしば話題になりますが、半分そうだよねと思う部分と、半分それは微妙だなと思う部分があります。
というのも、言葉ではカタカナ語で話しているように聴こえても、話している本人は元の英語の意味合いのつもりで使っている可能性もあるからです。カタカナ語になっている言葉のうちの大半は、日本語の別の表現にしてしまうと意味合いが変わって誤解を生むケースがあるので、やむを得ず英語の用語をそのままカタカナ化して使うケースがあります。
有名なところでは「ナイーブ (naive/naïve)」というフランス語に由来する英語を元にしたカタカナ語。日本では古くは「心が傷つきやすく繊細」といったような意味で使われていましたが、英語では「世間知らず」の意味で、日本でもある程度教養のある人たちの間では、原語の意味で使う人が多い印象があります。
このようにカタカナ化した用語には、その原語の意味するニュアンスを知ると、その日本語訳として使える場面は限定的だったり、なんでそうなった?ということがわかったりするかもしれません。これ以上謎のカタカナ語とその誤訳による被害者を増やさないためにも、カタカナ語とその意味の解説を見たらまずその翻訳を疑うくらいのスタンスでいいのではないかと思っています。よくわからなければ、原語を併記してで逃げ道を作っておくくらいな感じで…笑
英語のもともとの意味を調べやすいサイト
英辞郎 on the WEB - 英和辞典・和英辞典
翻訳者の実際の翻訳例を元に作られている辞書で、例文も多数あります。(一部有料)Dictionary.com | Meanings and Definitions of Words at Dictionary.com
複数の英英辞典を一括検索できるサイト。語源なども各辞典ごとに詳しく記載されています。Urban Dictionary
ユーザー投票型のスラング辞典。正しいかどうかはともかく、少なくとも何かの隠語になっている言葉がわかります。
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