今回は、中国のこだわりのイヤホンブランドSIMGOTより、2019年10月30日に国内正式発売された3BAドライバー搭載IEM型イヤホン「SIMGOT EK3」のレビューです。
以前同じくSIMGOTの1万円台前半のIEM型イヤホン「SIMGOT EM2」のレビューをしていますが、今回の「EK3」は型番から異なるように別のシリーズかつ日本では事実上の上位機種となり、デザインもドライバーの種類や構成も全く異なります。しかしそのサウンドチューニングには「SIMGOTらしさ」として一貫して通ずるものがあり、ブランドとして目指す音や美的感覚へのこだわりを、より高い次元で実現した機種とも言えそうです。
SIMGOTからの、3BAドライバー搭載の3万円台の刺客
現在の日本のイヤホン市場で、3〜5万円クラスには各ブランドともに独自の技術を惜しみなく投入した実力派の機種がひしめき、音質と価格のバランスがとれたマイルストーンとして、本当の意味でのコスト・パフォーマンス比の高い機種が多い価格帯でもあります。
その、4万円を切る3万円台後半に投入された「SIMGOT EK3」は、SIMGOTでは初となるBAドライバー機ながら音質もデザインも非常に高い完成度に仕上がっていました。
SIMGOT EK3に込められたコンセプト "縦横家シリーズ「衍」"
今回の SIMGOT EK3は『縦横家シリーズ「衍」』と銘打たれています。日本では普段なかなか見ない「衍」という文字は漢字検定一級に含まれる漢字のようで日本語では「あふれる、ひろがる」といった意味があるようです。
「縦横家」は四字熟語「合従連衡」の起源ともなった、中国の戦国時代の策士たちからなる「諸子百家」のひとつで、「洛神シリーズ」とも呼ばれる SIMGOT EM2 と同様に、SIMGOT(兴戈)ならではの中国の歴史をモチーフに引用した、深くこだわりある製品コンセプトのもとで開発された製品であることが伺えます。
kotobank.jp https://rekio-chn.com/culture/history/zhangguo-2/rekio-chn.com
SIMGOT EK3の美しい造形
DLP方式3Dプリンターによる成形
EK3は、クリアとクリアブラックの2色で展開していますが、そのシェルは非常に透明度が高く内部は充填されたタイプです。 最近中国のイヤホンブランドで採用が増えている、DLP方式3Dプリンターによる紫外線硬化樹脂(UVレジン)を使ったものとなっており、FiiO FA7J/FA1J などにも採用されている方式です。
DLP(Digital Light Processing)方式とは、家庭用3Dプリンターのように樹脂を溶かして層形成するのではなく、液体の樹脂に光を当てて硬化させ層形成するいわゆる「光造形」式3Dプリンターの方式の一つで、その中でもDLP方式はプロジェクターによって一回の投射で層を硬化形成できるため、成形時間が早く一度に大量に生産しやすい点やなめらかな仕上がりになることなどから、イヤホンシェルの生産に向いているようです。
SIMGOTでは、DLP方式の3Dプリントで高い技術と実績を持つHeyGears社とコラボレートし、UVレジンにはドイツ製の医療用のものを使用し、従来の射出成形では不可能な音響的にも最適化した形状かつクリアで美しいシェルの量産を実現しているようです。
ハニカム材を埋め込んだ滑らかなフェイスプレート
EK3の外観でひときわ目を惹くのは、六角格子のアルミニウムハニカム材が埋め込んであると思われる、美しいフェイスプレートデザインです。
ハニカム構造は、構造材としても軽くて丈夫なため航空機等の内部構造などに多く用いられていますが、自然界で蜂の巣にも見られるように数学的にも理にかなった機能美でもあり、芸術と科学に敬意を表するSIMGOTらしいこだわりのポイントかもしれません。
3ウェイクロスオーバー式3BAドライバー構成+ディップスイッチにる可変機構
SIMGOT EK3 を特徴づけているもう一つのポイントは、3つのドライバーそれぞれの帯域に分けた3ウェイクロスオーバー回路に、2連ディップスイッチを搭載してチューニングを好みやセッティングに応じて4パターンに調整できる点でしょう。
この方式は、2017年頃に LZ HiFi の「Big Dipper (北斗七星)」にオプションとして設定されていたのが日本で目にした最初ですが、従来からあるフィルターなどを使ったチューニングや、ドライバーで調整するような方法ではなく、業務用電子機器などの設定変更によく使われる超小型のディップスイッチを本体に埋め込んで切り替えを行うのはマルチBA機ならではの手法で、なるほどーと感心した覚えがあります。
LZ(老忠)のハイエンド機、Big Dipper。
— 森あざらし (@align_centre) April 30, 2017
その名の通り、3連ディップスイッチで8パターンの音質に調整が可能。
バランスがよくかなり音がよい♪#ヘッドフォン祭 pic.twitter.com/DOa86CGhHG
EK3付属のクリーニングブラシは柄の先端がマイナスドライバー状になっており、ディップスイッチの切り替えはこの部分を使って行います。
qdcタイプによく似ているようで微妙に違うSIMGOT独自の0.78mmピッチ2pinコネクター
SIMGOT EM2 と共通で、EK3 も同じタイプの qdc タイプに似た、保護カバー付きの2pinコネクターが採用されています。
EM2の記事では詳細に触れませんでしたが、qdc のものとよく比べてみたところ微妙に本体側の端子部出っ張りの高さと幅が異なり、「qdcより出っ張りが長くて細い」ようです。
このため、qdc用のケーブルはSIMGOT EM2/EK3 に挿さるが、SIMGOT用のケーブルはqdcには挿さらない、という形になります。また、qdc用のケーブルを使用した場合は、端子が奥まで完全に入り切らない状態になりqdc用のケーブルの方が端子部カバーが大きめでゆるくなるため、ゴミが入りやすかったり、力がかかると端子部樹脂が破損する恐れもあり、もちろん保証対象外ですしオススメはしません。
上質感あるパッケージと付属品
SIMGOT EK3 は、シンプルながら上質感ある厚手の黒いパッケージに収められています。
付属品は、日本を含めたインターナショナル版と中国国内版とで若干異なるようで、日本で発売されているインターナショナル版は付属ケーブルがOCCと銀メッキ銅の4芯混合線にアップグレードされたものになっています。
ケースは、EN700シリーズやEM2と異なり、ボックス型のより高級感あるものが付属します。
蓋の裏側にポケットがあるので、ここにディップスイッチ切り替え用のクリーニングブラシや交換用イヤーピースなどを収納できます。
装着感とシェル形状の比較
SIMGOT EK3 の装着感は非常によく、シェルの形状はqdcのユニバーサル機やFiiO FA7J/FA1Jとよく似ていますが、手持ちの qdc 2SE、FiiO FA1J と比べてみると微妙に違うのがわかると思います。
自分の場合、qdc のユニバーサルシェルがピッタリがっちりフィットし、FiiO FA1J はゆるくピッタリフィットするのですが、SIMGOT EK3 はその中間のようなフィット感です。自分の耳では長時間装着していると耳のくぼみ上部にやや圧迫感を感じましたが、この辺りは個人差が大きい部分でしょう。
SIMGOT EK3 の音質
お待たせしました。いよいよEK3の音質に迫ります。
EK3の音は全体的に非常にクリアで透明感があり、キレのよい中音域〜高音域はきらびやかで、解像度も高くきめ細かさと共に粒立ち感も充分あります。音像は芯が通ってクッキリ定位し、音場空間は広すぎず狭すぎず、音の中に入り込むような、あるいはステージ上に上がったような臨場感があります。
低音域は超低域まで出ており、ぼやけることなくレスポンスもよく、イヤーピースやチューニング切替スイッチでその量を加減できるので、タイトな低音にしたり深く量感ある低音にしたりと、好みに合わせた調整の幅が広い印象です。
エージングが進んでくると、ボーカルやギター、バイオリンなどの弦楽器に艶と張りがより一層感じられるようになり、特にボーカルや弦の響きなどが余韻まで非常に美しく心地よく聴けます。その一方、ブラス系や金属系の音はややきつく聴こえたり、ディティール表現が物足りなく感じる部分もありました。
EM2は「1万円台ボーカル最強イヤホン」と呼べるような機種でしたが、EK3はマルチBA機らしくその上をゆく表現力や音のリッチさ、バランスのよさがあります。
さらに、サウンドチューニングにより自分の好みに合わせた微調整ができるので、プレイヤーなどの再生環境が変わっても環境に合わせて再チューニングでき、これ1台で長く使える機種になるのではないでしょうか。
全体としては、SIMGOT初のマルチBAドライバー機ですが、ダイナミックドライバーの「EN700シリーズ」やハイブリッドドライバーの「EM2」にも共通した、「SIMGOTらしさ」が感じられる安心感のある音で、SIMGOT の "Sound Signature" がしっかりと根づいている感があります。
切替スイッチとイヤーピースによるサウンドチューニング
切替スイッチによる変化
EK3の最大の特徴の一つ、ディップスイッチによるサウンドチューニング切替は、次の4つのモードがあります。
- エアリー(空気感を重視した高域がやや強調された音)
- ボーカル(中域を強調したいわゆるかまぼこ型に近い音)
- ピュアトーン(低域・高域共に強調したオールマイティな音)
- バランス(低域を強調して高域の歯擦音をやや抑え気味にした音)
(※公式サイト英語版のページでは、「エアリー」が "Strong bass" と表記されていますが、何度聴いても低音が増えているように感じられないので確認した所、中国語版では「雰囲気強調」の意で書かれているように、空気感を強調した「エアリー」とのことです)
これを2つのスイッチを切替えて変更しますが、劇的に変わるわけではなく、チューニングを微調整するような感じで変わります。
色々試してみると、2つのスイッチのON/OFFによってそれぞれ概ね次のように変わるようです。
- スイッチ1 ON:高域の6〜10kHz辺りの帯域の強調?
- スイッチ2 ON:低域の100Hz以下の帯域の強調?
そのため、もともと周波数レンジの広くない曲ではほとんど変化しないように感じるかもしれません。
チューニングを決める際は、「ボーカル」が両方のスイッチをOFFにした状態になるため、そこを基点として調節するとよさそうです。
イヤーピースでかなり変化する
SIMGOT EK3 のイヤーピースは、EM2と同じ2種類が付属していますが、イヤーピースによる音の変化が非常に大きい傾向があります。
口径の大きな「高域強調型イヤーピース/通透塞/Eartip I」は、中高域が前面に出て低域が抑え気味になり、口径が小さくやや長さのある「バランス型イヤーピース/均衡塞/Eartip II」では、低域が増えて聴感上フラットに近いバランスの整った音になります。
ちなみに、付属のイヤーピースの他にも手持ちの様々なメーカーのイヤピースを試してみましたが、個人的に一番好印象だったのは「スパイラルドット」でした。
イヤーピースを選んでからチューニング切替スイッチで微調整すると使いやすい
本体のチューニング切替スイッチによる変化よりも、イヤーピースによる変化の方が大きく感じるので、まず音の傾向が好みに近く自分の耳にフィットするイヤーピースを選び、その上で本体のチューニング切替スイッチで微調整していくような使い方がよさそうです。
例えば、「高域強調型イヤーピース」を装着した状態で、切替スイッチを「エアリー」の状態にすると高域の歯擦音が刺さり気味になりますが、その状態で「バランス」に切替えると歯擦音が刺さらなくなり、「バランス型イヤーピース」を装着した状態では「エアリー」にしても高域は刺さらないといった具合です。
SIMGOT EK3 の魅力を引き出してくれる(かもしれない)曲
様々な曲で試聴を繰り返しましたが、その中で特に SIMGOT EK3 の魅力を引き出してくれるような曲をいくつかご紹介します。
「エアリー」で聴きたい浮遊感あふれる曲
ピアノとバイオリンの美しい響きと余韻に浸れる曲
超高域から超低域までダイナミクスを感じられるEDM系の曲
アコギの響きと対照的なエレクトロニック・サウンドの融合した曲
今後本格的に国内展開予定の SIMGOT に再注目!
SIMGOT EK3 は、現時点では Amazon のみの販売のため試聴できる機会が限られていますが、今後実店舗などにも展開している予定とのことで、かつての EN700 シリーズを知っている方もそうでない方も要注目です。
3万円台の選択肢としてギターやボーカルなどの音の艶や響きにこだわりたい方には特にオススメな機種と言えそうです♪
尚、11月2日(土)〜11月3日(日)に中野サンプラザで開催された「秋のヘッドフォン祭2019」にはSIMGOTさんも出展されました。
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