「国立デザイン美術館をつくる会」というものをご存知でしょうか?
これは、デザイナーの三宅一生氏と、美術史家で現文化庁長官の青柳正規氏が
「日本が誇る伝統と技術を再確認し」
「すぐれたデザインを継続してアーカイヴし、日本の財産とし、次世代に継承するために」
「三宅一生、青柳正規が、日本におけるデザインの重要性についての教育普及活動を行い、国立のデザイン美術館設立に向けての機運を高めてゆくことを目的」
として連名で設立した会とのことです。
設立趣旨書を読む限りでは、その意図としては歓迎すべきものなのですが、問題はその呼称にその存在意義を問われかねない致命的な問題を抱えている所にあります。
この会がつくろうとしているものが、英語表記では "A Design Museum Japan" としているのに対し、日本語表記では「国立デザイン美術館」と表記しています。これには非常に違和感を感ぜずにはいられません。
「ミュージアム」と「美術館」の違い
まず、"Museum" は「博物館、美術館、科学館」など、幅広い分野のものを収蔵する建物や場所を指す総合的な言葉で、何を収蔵するかを限定的に指すものではありません。
museum (mjuːˈzɪəm)
a place or building where objects of historical, artistic, or scientific interest are exhibited, preserved, or studied
Museum | Define Museum at Dictionary.com
一方、「美術館」を英訳するとすれば、通常「アート "art" or "fine art"」に関するのもに限定されます。
美術館
an art gallery [museum]; a museum of art [fine art(s)]
美術館の英語・英訳 - 英和辞典・和英辞典 Weblio辞書
日本語において「美術」とは、専ら「芸術」のカテゴリー内で語られ、人々もそう認識して「美術館」に「美術作品」を観に足を運んでいるのではないでしょうか。
では「デザイン」は「美術」と言えるでしょうか?
「デザイン」は時に「美術・芸術」と相反する概念
「デザイン "design"」とは、英和辞典を開けばわかるように、「芸術」や「美術」のような作者の自由奔放な創造的表現活動とは本質的に異なり、意図をもって設計・企画および具現する行為であり、時には「美術」と相反する概念です。
この相反する概念を「デザイン美術館」と1タームにつなげてしまったということは、この「会」において「デザイン」の本質について充分な議論がなされていないことを露呈しているように思えます。
ちょうどそんな折に、インダストリアルデザイナーであり慶応SFC教授でもある、山中俊治氏が Twitter でこんな発言をされていました。
デザインが「消費を喚起するための魅力負荷装置」から「人と物の関わりを総合的に適正化する装置」に変貌したとき、英語圏ではDesignが本来のDesignに帰っただけだったけど、日本では「デザイン」と「設計」を再結合させなければならなくなった。誰だよ、言葉を分けたやつ。
— 山中俊治 Shunji Yamanaka (@Yam_eye) 2014年1月18日
この訳語問題も大変悩ましい。私には「大英」が「博物館」で「ルーブル」が「美術館」である理由がさっぱりわからない。 RT @ostealmania 誰だよ、Museumを博物館と美術館に分けた奴。
— 山中俊治 Shunji Yamanaka (@Yam_eye) 2014年1月18日
思わず大きく頷いてしまいました。
まさに、日本語で「デザイン」や「美術」という言葉の解釈が「危うい」現状を端的に表しているのではないでしょうか。
近年、ようやくデザイナーを中心に「デザイン」に対する認識が徐々に本来の英語の "Design" が持つ意味に近づきつつある中、その流れに逆行するかのような「デザイン美術館」という呼称には、一デザイナーの端くれとしても全く賛同できません。
なぜ経済産業省ではなく文化庁なのか
不可解なのは、デザイナーである三宅一生氏はメッセージや略歴の中で「デザイン美術館」ではなく以前から「造ろうデザインミュージアム」と述べていたり、自ら作った「21_21 DESIGN SIGHT」においても「日本のデザインミュージアム実現に向けて」と、終始一貫し「デザインミュージアム」と表記しているにもかかわらず、この会の目的とする施設名が「デザイン美術館」という名称になっている点です。
「デザイン」は、分野で言えば経済産業省や文部科学省など1省庁にとどまらない分野に思えますが、どういうわけか文化庁長官だけが名を連ねているところに何か理由がありそうです。(経済産業省所管団体の活動について、追記参照)
この会の運営規約には
第6条(運営)
本団体は、三宅一生、青柳正規の意図を汲み、本会の目的に則って、委員の指示を受けた事務局が運営を行うものとする。
とあるので、私的な美術館を作るのなら結構ですが、「国立」を冠するものにしようとするのなら、名称の選定は政治的な理由ではなく慎重に行うべきではないかと思います。
「デザイン」が誤解されている現状打開のためにも
今でも一般の人々の多くは「デザイン」を「装飾」や「意匠」と思っている節があり、デザイナーがクライアントに「デザインとは」の説明に苦心するシーンが全国各地で繰り広げられていると思います。
そうしたデザイナーの地位や役割を再認識してもらうためにも、「デザインの誤解や齟齬」を解いて「デザインの本質」についての議論をより深め、認識を広げていく必要があると強く感じています。
このブログでは何度も繰り返していますが、名前は大事です。
追記(2014.1.30)
経済産業省所管の8つのデザイン団体「D-8(日本デザイン団体協議会)」による「D-8ジャパン デザイン ミュージアム構想」というプロジェクトが2007年ごろから立ち上がっており、「ジャパン・デザイン・ミュージアム設立研究委員会」として活動してるようです。
経済産業省 vs 文化庁(文部科学省)という構図が見えてきました。うまく一本化できるといいですが…
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