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Fluffy white croquis

日々の思索のためのクロッキー帳。オーディオやオススメなども。

法律のネーミング

言葉 デザイン 思索

生活保護」にまつわる問題は、「生活保護」というネーミングのマズさによるところがいくらかあるんじゃないかという気がする。
例えば「生活保護法」ではなく「生活支援法」や「生活援助法」という名前だったらどうだろうか? 「生活保護法」ではその目的を次のように謳っている。

生活保護法
第一条  この法律は、日本国憲法第二十五条 に規定する理念に基き、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とする。

「最低限度の生活を保障」するために「保護」という手段をとり、同時に「自立を助長」することがポリシーとして掲げられている。しかし、名前には「保護」だけで「自立を助長」の意味は含まれていない。
ポリシー上は「自立」を前提にしているにもかかわらず、名前からはそれが全く感じられないのが「生活保護」というネーミングのマズい点だ。

では、一般に「保護」という言葉からどんなイメージを思い浮かべるだろうか? goo辞書(三省堂「大辞林 第二版」)で調べると次のように書いてある。

ほご【保護】(名)スル

  1. 危険・破壊・困難などが及ばないように、かばい守ること。

「助長」や「支援」はどうか。

じょちょう 【助長】(名)スル

  1. 力を添えて、成長・発展を助けること。ある傾向をさらに著しくすること。

しえん 【支援】(名)スル

  1. 他人を支えたすけること。援助。後援。

「保護」と言う言葉では、行動の主体はそれを「する側」にあるのに対して、「助長」や「支援」では視点を置く行動の主体は「される側」にあると思う。また、「保護」の場合は、保護の対象がそれ自身でどうにかなるわけではなくずっと保護し続けなければならない、という意味を暗に含む場合もあるのに対し、「支援」は対象となる主体者が自立もできる方向で助ける「あくまで援助である」という意味を暗に含むのではないだろうか。
つまり、「生活保護」と言う限り、それを受ける側は「動物保護」のようにずっと「保護」してくれるのに甘んじてよいととらえられる可能性があるのに対し、「生活支援」や「生活援助」と言われれば、それを受ける側は援助を受ける立場なので、いつかは自立するという方向性がある前提でとらえることが出来るのではないだろうか。

以前「名前は大事」というエントリーで書いたように、いくら「本来の意味は○○です・・・云々」と説明したところで、充分な説明ができない状態で不特定の人の目に触れることがあれば、「名前」がそれを知る、あるいは印象を思い浮かべる唯一の判断材料になってしまう。だからこそ、いかにそれ自身のことを適切に表すことができる名前(識別子)をつけられるかが重要になる。
特に「法律」のようにそれによって社会の秩序を形成する手段となるようなものの場合、最も避けるべきは誤解や誤認ではないだろうか。そうであれば、法律の名前は「識別」のための役割と「公知」のための役割を同時に満たすものでないといけないであろう。

法律の名前がどうやって決められるのかは知らないが、本来そこに高い情報リテラシーが求められるのは確かだと思う。