white croquis

日々の思索のためのクロッキー帳。オーディオやオススメなども。

「新型インフルエンザ」はいつまで「新型」なのか?

f:id:align_centre:20140122094236j:plain
ここ数ヶ月、ニュースなどでよく目にする「新型インフルエンザ」。
当初は「豚インフルエンザ(Swine flu)」と呼ばれていたのはご存じの通りで、畜産業界への配慮や豚に感染するインフルエンザと区別する必要などから、今年の4月30日にはWHOが「Swine flu」という呼び方をやめ、「H1N1 flu」あるいは「Influenza A(H1N1)」と呼ぶと発表し、メディア各社もそれに続いた。

しかし、現時点で日本で一般的に使われている名称は「新型インフルエンザ」だ。でも確かに今は「新型」かもしれないが、次に、さらに新しい「新型の新型インフルエンザ」が発見された時、「新しい新型」と「従来の新型」はそれぞれ何と呼ぶのだろうか?

新型インフルエンザ」は毎回変わる?

実はこの日本での「新型インフルエンザ」という名称は、以前「豚インフルエンザ」と呼ばれていたそのものを指しているのではなく、2008年に改正された「感染症予防法(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律)」上の定義らしい。それによると、その時その時で新しいタイプのインフルエンザウィルスが現れたら、それをすべて「新型インフルエンザ」と呼ぶということらしい。つまり、これはインフルエンザウィルス自体の種類を識別するための名称ではなく、インフルエンザ対策や法律上の手続きの上での区分のための名称という色合いが強い。

感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律

7  この法律において「新型インフルエンザ等感染症」とは、次に掲げる感染性の疾病をいう。
一  新型インフルエンザ(新たに人から人に伝染する能力を有することとなったウイルスを病原体とするインフルエンザであって、一般に国民が当該感染症に対する免疫を獲得していないことから、当該感染症の全国的かつ急速なまん延により国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがあると認められるものをいう。)

しかし、日本のマスメディアなど、巷での使われ方を見ていると、「豚インフルエンザ」が名前を改めて「新型インフルエンザ」に変わったと思って使っているのではないだろうか?と思えることが多々ある。実際自分もそう思っていたし、そう思われても仕方のない使われ方をしている。

「A/H1N1」も複数ある

新型インフルエンザ」の他に、WHOにならって「新型インフルエンザA(H1N1)」や「新型インフルエンザ(A/H1N1)」という表記も見かけるが、これも実は誤解を招きやすい表現だ。「新型インフルエンザウィルス」は確かに「A/H1N1型インフルエンザウィルス」の一種だが、この「A/H1N1」というのは、今回の「新型インフルエンザウィルス」のことを一意に指すのではない。

「A/H1N1型インフルエンザウィルス」は、1918〜1919年の「スペインかぜ(The 1918 flu pandemic / Spanish Flu)」を引き起こしたウィルスで、日本では「Aソ連型」や「ソ連型」として知られている。これに対し、今年の「新型A/H1N1インフルエンザウィルス」は「Aソ連型」から派生しているものの、1918年のA/H1N1とは違った特徴を持った別モノだ。下の「Virology blog」に派生経緯の説が図で解説されている。

ちなみに、「A/H1N1」あるいは「A(H1N1)」というのは、「A」型インフルエンザウィルスの「H1N1」という亜型(sub-type)という意味で、「H」と「N」は、何に感染するかに密接に関わるウィルス表面のタンパク質の種類を表し、H1〜H16、N1〜N9あわせて144種類の亜型があるそうだ。


だから、正確には

新型インフルエンザ(A/H1N1)」というのは、
新型インフルエンザの正式名がA/H1N1」ではなく、
「A/H1N1型インフルエンザの新型」という意味

となるのではないだろうか。一般的に括弧内に表記すると直前の語句の補足説明のようにも見えるので、誤解されやすい書き方だ。
無用な誤解を避けるためには、「新型A/H1N1インフルエンザ」あるいは「2009年型A/H1N1インフルエンザ」と書いた方がよいのではないだろうか?

ウィルスは短期間で亜種が現れる上、種類を特定するのにも時間がかかるため、見つけてすぐに正確な名前を付けることはできないのも確かだが、情報の錯綜やパニックを避ける上では他のものの名前と重複しないということは重要だと思う。
当面は「新型のA/H1N1」とすることで、「従来のA/H1N1」と区別はできるかもしれないが、日本では、次の「新型インフルエンザ」が出てくるまではネーミングの問題が表面化することはないかもしれない。

英語圏でも名前の重複

一方海外でも、WHOが「H1N1 flu」と呼ぶようになってしまったことで名前の重複が起き、当然ながら懸念をもつ向きもあるようで、例えば、リスクコミュニケーションの専門家、Peter Sandman 氏らは次のような記事を書いている。

What's in a name: H1N1 versus swine flu (Peter Sandman/Jody Lanard article)
And calling the new virus “H1N1” may cause misunderstandings and problems of its own. It is arguably a recipe for confusion, because we already have a very different seasonal flu virus subtype also called Influenza A/H1N1.

「H1N1」という同じ名前の2つの性質の異なったウィルスが同時に流行すると、ややこしいことになることは容易に想像できるだろう。例えば「H1N1のワクチン」と言ってもどっちの「H1N1」のことを指すのかわからない。勘違いも起きるだろう。

当然これは議論になったようで、後にアメリカ疾病予防管理センター(CDC)が、いわゆる「新型インフルエンザ」のことを「2009 H1N1 Influenza」あるいは「2009 H1N1 flu」と呼ぶようになり、アメリカでは一般向け通称は「H1N1 flu」が根強いものの、正確には「2009 H1N1 Influenza」とすることでひとまず落ち着いたようだ。

WHOも、7月になって「Pandemic (H1N1) 2009」や「Pandemic H1N1/09」という名称を使うようになり、名称に「2009」を入れることで従来のH1N1と識別できるようになった。ただし「Pandemic」とあるように、これはウィルスというよりは「現象」を指しているように見える。

言葉のデザイン

日本人がネーミングに無頓着なのは、省略やメタファー、文脈依存が多い日本語の特徴によるのか、民族的慣習によるのか、教育なのか、マスコミがキャッチーな言葉を使いたいからだけなのか一概には言えないが、特に人の生命に関わるものに関しては「一人歩きしても困らない」=「どのような文脈下(context)に置かれても意味が変わらない」名前を付けて欲しいものだ。

目に見えるもののユニバーサルデザインは比較的盛んだが、「言葉のユニバーサルデザイン」は日本ではまだまだこれからといった感がある。

ある対象にどんな名前を付けるか?は情報リテラシーの問題でもある。パソコンを使っていると名前をつけるという機会は非常に多くあると思う。ファイル名しかり、メールの件名しかり。情報リテラシーを日常的に高めるにはこれを使わない手はない。

もし、今まで特に何も考えずに直感で名前を付けていたなら、まずは「1年後、数年後に知らない人が見ても内容がわかるかどうか?」という点を意識して名前をつけるトレーニングをぜひおすすめしたい。
「新型」は、1年後には「旧型」になっている可能性が高い。

関連エントリー