
“平和より秩序”を求めたい。
多くの国に平和運動があるが、平和という言葉は人によって解釈にズレがある可能性がある。広く一般には「戦争がなく穏やかな状態」を指すことが多そうだが、特に戦争に限定せず「秩序や平安が実現・維持されている状態」とする向きもある。
前者は戦争がないという「表面的な」状態を実現することに主眼が置かれているため、平和を実現するには戦争をなくさなければならず、人々がやることと言えば手当たり次第ただただ平和を訴えたり、理想主義的な国家論を主張するしかない。感情や心理などの情動を根源とする、主観的で情緒的な視点なので多くの場合まともな議論にはならない。 一方、後者はより現実的で論理的だ。平和が一体何によって担保されるのか?を考えたとき、平和は「秩序」に依存して成り立っていると考えるのは自然だと思う。秩序さえ保たれていれば平安で穏やかになりやすいのではないだろうか。
ところで「秩序」と言っても、その「範囲」によってとらえかたが異なってくる。数人の仲間内同士での秩序、組織の秩序、社会の秩序、国の秩序、世界の秩序など、範囲が広くなればなるほどそれを維持することは当然難しくなる。
秩序を保つための仕組みはいろいろある。民主主義でも社会主義でもそうだし、宗教や信仰は内部秩序を維持する非常に強力なシステムだ。 国や地域によっていわゆる「国民性」「民族性」「信仰や主義」が違うだけでなく、その規模によっても行動原理が異なる場合があるので、それぞれの国や地域に合った統治の手法がある意味「最適」で、「資本主義」や「民主主義」だけが人間にとって幸福であるとは断定できないのではと思う。
少なくとも思考実験と思索の中では。
(goo blog より移植)
