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white croquis

日々の思索のためのクロッキー帳。オーディオやオススメなども。

2011年3月、自分は何を考えていたのか

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2011年3月11日以降、自分が何をして何を考えていたか、Twitter のログから追ってみました。

2011.3.11〜3.12

あまりの衝撃に、何も Tweet できなかった。
ただただニュースやネット上を飛び交う情報を収集をしていたように思う。

計画停電の情報に翻弄されていた

当時、関東地方にクライアントを抱えていたため、名古屋にいながらも計画停電の情報に翻弄されていました。

情報の「伝達方法」に問題があると感じていたため、情報学のプロフェッショナルに期待をしてみたり。

福島第一原子力発電所の深刻な状況をどう打開できるか探っていた

地震が発生した背景のメカニズムを調べていた

福島第一原子力発電所の状況、特にヒューマンエラーを心配していた

現場の情報をつかめないもどかしさを感じていた

やはりヒューマンエラーによる二次災害が心配だった。

発想の転換で打開策がないか模索していた

原発の「リスクコミュニケーション」について探っていた

当時のリンク先はもうないようで、現在は

あたりで関連情報を入手可能。

当時のリンク先はもうないようで、現在は

で読める模様。

放射線の情報、特に海に流れだした放射性物質の情報を探していた

当時はまだ、マスコミではほとんど取り上げられていなかった、海流の情報。
大学で海洋物理学を専攻していただけに、とても気になっていました。

縦割り行政への苛立ちとロジスティックスの問題を考えていた。

基本は前向きなソリューションを志向

日頃、IT系トラブルシューティングをしているためか、以下に問題を解決するかを常に考え、発信していたように思います。 根拠のない情報は全てスルー。
結局行動としては何も出来なかったけれど、緊張感をもってとにかく考える日々だったように思います。緊急事態の対処は千差万別ですが、日頃の備えや習慣がモノを言うのも事実。

南海トラフ地震が叫ばれる昨今、自分や大切な人達の命を救うために何ができるか、改めて考え、習慣化していきたいと思います。