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「再生可能エネルギー」という言葉の誤訳と誤解

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再生可能エネルギー」という言葉が一般的に使われるようになって久しいですが、おそらくかなり多くの方がこの用語の意味を誤解していると思います。

そもそも元の英語に「再生」の意味は入っていない

再生可能エネルギー」と聞くと、「再生が可能でリサイクルできる環境負荷が低いエネルギー」と連想してしまいがちですが、実は翻訳元となっている英語では「再生」といった意味の言葉は使われていません。英語では、"Renewable energy" と呼ばれています。

"renew" にはさまざまな意味がありますが、ここでは「~を補給する、~を新たに供給する」の意味が妥当でしょう。
英語版の Wikipedia ではこう解説されています。

"Renewable energy is generally defined as energy that comes from resources which are naturally replenished on a human timescale"

"replenish" とは、「~を(再び)満たす、補給する、補充する、継ぎ足す」といった意味で、上記で言われている一般的な定義を訳すとすれば「自然に補充される資源によるエネルギー」ということになります。
これを踏まえて ”Renewable energy” を直訳するとすれば「自然補充エネルギー」といったところでしょうか。

国際的な機関の定義もあわせて引用しておきます。

IEA(International Energy Agency)

  • What is renewable energy?
    Energy derived from natural processes (e.g. sunlight and wind) that are replenished at a faster rate than they are consumed. Solar, >wind, geothermal, hydro, and some forms of biomass are common sources of renewable energy.


IRENA(International Renewable Energy Agency)

Statute of the International Renewable Energy Agency

  • Definition
    In this Statute the term "renewable energy" means all forms of energy produced from renewable sources in a sustainable manner, which include, inter alia:
    1. bioenergy;
    2. geothermal energy;
    3. hydropower;
    4. ocean energy, including inter alia tidal, wave and ocean thermal energy;
    5. solar energy; and
    6. wind energy.
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なぜ「再生可能エネルギー」という用語が広まってしまったのか

翻訳家の石坂彰さんが2011年にこんな記事を書かれています。

"90年代から報道翻訳の片隅で活動してきた私は、エネルギーのrenewable を「持続的利用可能」または「リニューアブル」と訳し続けてきました。この問題について指摘する人もウェブ上に散見されました。英語でもしだいにrenewableではなくalternativeやsustainableという表現が使われるようになっています。それでも、いまだに多くの日本のメディアで太陽光は再生可能エネルギーと称されています。"


出典:第32回 太陽光は再生できない - 岩坂彰の部屋│e翻訳スクエア

Google トレンド」で見てみると、「再生可能エネルギー」という用語は2006年ごろから徐々に使われはじめ、2010年に小さな山があり、2011年3月以降急激に増えているのがわかります。

日本の各省庁では、2010年の白書から一斉に使われるようになっているようで、環境省の「環境白書」では 平成22年(2010年)版 に、経済産業省 資源エネルギー庁の「エネルギー白書」でも 2010年版 に初めてこの用語が出てきています。

調べていくと、その元になっているのは、2009年に制定されたこの法律のようです。

第二条 3  この法律において「再生可能エネルギー源」とは、太陽光、風力その他非化石エネルギー源のうち、エネルギー源として永続的に利用することができると認められるものとして政令で定めるものをいう。

2009年といえば、気候変動枠組条約締約国会議(COP15)の開催と「コペンハーゲン合意」で、環境・エネルギー問題への関心が高まった年でした。

こうして実際に個々の原典にあたってみると、政府としても意味としては "Renewable energy" から変わっているわけではないのに、政府が「永続可能エネルギー」ではなく「再生可能エネルギー」という日本語を使ったことで、それを受け取ったマスメディアが、前後の文脈をバッサリ切り落とすいつもの得意技によって、「再生可能」という言葉だけが一人歩きして広まってしまったのではないでしょうか。

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やはり誤解を招きやすい「再生可能」という表現

先に紹介した、翻訳家の石坂さんも次のように書かれています。

"こんなのはただ言葉の定義の問題だとお考えでしょうか。実用上困ることはないし、細かいことにこだわりすぎだ、と。私はそうは思いません。私はここに、集団的な甘えのようなものを感じるのです。特定の人々による意図的な企みとかではなく、私たち自身の、何となく引っかかるけどまあいいか、という気分の問題といいましょうか。

「再生」という言葉は「リサイクル」をイメージさせます。「リサイクル=エコ」です。「再生」という言葉を使うことで、直接的にエコなイメージが思い浮かぶはずです。だから「代替エネルギー」よりも「再生可能エネルギー」のほうが印象がいいじゃないか、ということですね。"


出典:第32回 太陽光は再生できない - 岩坂彰の部屋│e翻訳スクエア

しかし、すでにその弊害が出てきています。

「再生可能ボーイズ」記者発表会:みんなで再生可能エネルギーを育てて未来につなげよう!:YOMIURI ONLINE(読売新聞)

"かつて一世を風靡した芸人の皆さんと一緒に、日本のエネルギーも再生してなくてはなりません。"

完全に「再生可能」の意図を誤解を助長するような表現になっています。しかも困ったことに、これを語っているのは 資源エネルギー庁 新エネルギー対策課長の方... orz

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「再生可能」に替わる表現

再生可能エネルギー」に替わるわかりやすい言葉としては「自然エネルギー」「代替エネルギー」が挙げられますが、Google トレンドで見るとあまり芳しくありません。

ただ、政府としても気になっているのか、この現状を打開しようという動きがないわけでもないようです。

最近の一つの動きとして、資源エネルギー庁が昨年2013年の7月に「GREEN POWER プロジェクト」と題して、「再生可能エネルギー」を括弧書きにした「グリーンパワー」という用語を打ち出し始めています。

グリーンパワーを知る33のこと。 | グリーンパワープロジェクト - 資源エネルギー庁

まだまだ認知度は低く、すでに定着してしまった「再生可能」という表現を追い出すことは出来ないかもしれませんが、自分のように「再生可能」という表現に何かしら違和感や疑問を感じている人は少なからずいるでしょうから、代替表現としては受け入れやすいのではないかと思います。

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近代日本の「教育」スタイルとマスメディアに飼いならされた日本人

では、なぜこうした誤訳や誤解が跡を絶たないのでしょう。

明治時代の開国以来、日本は西欧の文化や技術を輸入して吸収し学ぶというスタイルが「勉強」だと思い込んできた節があり、それに慣れきってしまっているのではないでしょうか。

これまでの日本の学校教育では「教科書」に代表されるように、一方的に知識を植え付けるという教育が中心で、マスメディアもそれに乗じて情報の真偽の判断に必要な「根拠」を充分に提示せず、一方的に情報を押し付けるスタイルを生業としてきました。それだけに「判断」も自分で根拠に基づいて行うのではなく、世の流れに任せてしまう人が多くなるのも無理は無いでしょう。

インターネットの普及で、マスメディアの情報とインターネット上の情報が「なんか違うぞ」と感じる人も増えてきていると思いますが、その場合でも、マスメディアではなくインターネットで「たまたま」自分が受け取った情報だけを鵜呑みにして信じる、という人も多く見受けられます。ただ、それでは「情報源」が変わっただけで「情報の受け取り方」は本質的には変わっていません

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結局は情報リテラシーの問題・・・ではあるけれど

インターネットがあろうとなかろうと、いつの時代でも自分が外部から受け取った情報が妥当かどうか、どんな価値があるのかを判断するのは、受け手側の問題です。どの情報が正しくてどの情報が正しくないのか、学校では問題集に解答集がついていますが、社会の様々な問題には解答集はありません。価値基準が変われば何が「正しい」かも変わってしまいます。結局はやはり「情報リテラシー」次第ということになるでしょう。

では「情報リテラシー」といっても、一体何をすればよいのか?
「正しい」と思っていることが「何を前提とした場合に正しいと言えるのか」を自分で説明できない情報には、発信する際に情報のソースや発信する理由を明示するだけでも、受け手側に判断材料を与えることが出来ます。

ソーシャルネットワークの普及で、デマ情報も一瞬で日本中、世界中を駆け巡る時代です。半径数m〜数百mの、失敗してもすぐに自分で訂正できる狭い範囲のコミュニケーションの時代はもう過去のもの。情報の発信にはこれまで以上に責任やリスクが伴いやすいということを気に留めておきたいものです。

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